現在、先進医療に含まれている重粒子線治療。
先進医療というと、「保険適用外の治療で自己負担金がとても高い」、「気軽に手が出せない」という印象ですが、
そもそもどういうもので、(⇒このページで解説)
どのくらいお金が掛かるのか?(⇒2ページ目で解説)
そして、膵臓がんには効くのか?(⇒3ページ目で解説)という気になる点をまとめてみました。
神奈川県立がんセンターが、重粒子線治療を動画で解説してくれています。⇒「重粒子線治療紹介動画」読み込みにめちゃくちゃ時間がかかるので、再生ボタンを押したあと一時停止を押してしばらく放置してから見るのをおすすめします。
また、重粒子線治療を啓蒙する分かりやすいサイト「重粒子線治療ガイド」というのがありました。(おそらく「粒子線がん相談クリニック(重粒子線がん治療のセカンドオピニオン外来)」が管理しているサイトだと思います。←問い合わせ先になっている)
綺麗にまとまっているので、参考になると思います。さらに詳しい内容が知りたい方は右上タブの「医療従事者の方へ」を見るといいです。
重粒子線治療とはどういうものか
簡単にいうと、放射線治療のひとつです。
一般的に言われている「放射線治療」とは、エックス線やガンマ線を照射することですが、「重粒子線治療」ではその名の通り重粒子線を照射します。
しかも、なんと光の速さの70%にまで加速した速さで照射します。
重粒子ってなに?
「重粒子」は色々ありますが、重粒子線治療に用いられるのは「炭素イオン」というものです。
原子を加速器と呼ばれる機械で超高速に加速すると、原子を構成する「原子核」と「電子」のうち、「電子」が取り払われます。
電子が余分についたり足りなくなったりすると、「原子」が電荷帯びて「イオン」となります。マイナスの電子がつくと「陰イオン」、マイナスの電子が取り除かれると「陽イオン」
炭素イオンの場合、加速器によって炭素原子に6つ付いている電子がすべて取り除かれて「C⁶⁺」になります。
まぁとにかく、重粒子線治療では「炭素」を加速して「炭素イオン」にして使っているということですね。
重粒子は色々あると言いましたが、他にもヘリウム(炭素より軽い)、ネオン、シリコン、アルゴン(3つは炭素より重い)といった物質も粒子線として使えます。
ですが、「重い」ほどDNAを破壊する生理学的効果は高い(修復しにくい)のですが、加速器の設備が大きくなるので設備費がかかってしまいます。
(加速器がどのくらい大掛かりな設備かが神奈川県立がんセンターのiROCKのページでよくわかります。)
逆に「軽い」ほど酸素の少ない癌細胞によく効くので(重いと効きが悪い)、両方のバランスの良い炭素イオンになっているようです。
陽子線というのもある
ちなみに、重粒子線ではなく「陽子線」というのもあります。
原子核を構成するのが「陽子」と「中性子」なので、陽子は原子に電荷を帯びた炭素イオンと比べると1/12のサイズでかなり小さいです。
先ほど述べたように「重い」ほどDNAを破壊するので、陽子線よりも重粒子線のほうが生理学的効果が2~3倍大きいと言われていますが、どちらがよいというのは、使用する部位や症状によって異なるようです。
陽子線は線量分布が放射線と近いので、浸潤性腫瘍に対しても重粒子線より少し広い範囲の治療が可能。ただ明確な効果の違いというのは、実はあまりないという話も。
放射線治療との根本的な違い
炭素イオンを照射する「重粒子線治療」と、エックス線やガンマ線を照射する「放射線治療」の根本的な仕組みの違いは、DNAに損傷を与える方法が「直接的」か「間接的」かです。
「重粒子線治療」は、炭素イオン(実体がある)を直接、細胞核の染色体のDNAにぶつけて傷をつけるので「直接的」な作用がメインです。
一方「放射線治療」は、
物質ではなく波長であるエックス線やガンマ線が衝突すると「高速2次電子(気体分子や固体に衝突したときに新たに生じる電子)」というものが生じて、水分子を活性酸素に変化させて、「活性酸素」がDNAに傷をつけます。これがメインとなる「間接的」な作用です。
活性酸素は、DNAを構成する塩基(A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミン)と反応して酸化装飾(塩基にくっついてDNAの複製がうまくいかなくなる)というのをするようです。重粒子線もこの間接的作用はあります。
膵臓がんには重粒子線のほうがいいと言われる理由
「放射線治療」は膵臓がんには効きにくいと言われています。
その理由は、体の奥のほうにあり、様々な臓器や器官に囲まれている膵臓の位置と放射線の以下のような特徴のためです。
- 放射線量のピークが癌細胞ではなく、体の表面がピーク
(深部に進むにつれて徐々に減っていく) - 癌細胞だけでなく、周りの正常な細胞も破壊する
癌細胞にたどり着くまでの正常細胞にも照射され、また複雑な形をした癌病巣に細かく合わせることができないので、その周りにも当たります。
奥深くにある膵臓の場合、その周り・手前の正常な細胞にも影響が出てしまいます。
一方、「重粒子線」ではその問題が解決できます。
それは、以下のような特徴によります。
- 体の表面では比較的低線量で、深部で最大のエネルギーを放出する
- 正常細胞を傷つけない(癌の病巣の形や深さに合わせて照射可能なため)
重粒子線を照射する際、癌病巣の形・サイズ・深さに合わせることができるので、正常細胞は出来る限り避けて癌細胞の位置を的確にたたくことができます。
それ以外の性質などの違い
そのほかにも違いがあります。
「放射線治療」は、
- 癌細胞の分裂周期(分裂のどの時期なのか)に効果が左右される
=細胞ごとに効きにくい時期がある - 酸素の少ない低酸素細胞に効きにくい
- 何回にも分けて少ない量を照射する
といった特徴があります。
放射線治療ではこれまで挙げた理由から、1日1回など短時間に何回も弱い放射線を照射して、癌細胞をたたく方法を取っています。
正常細胞のほうが癌細胞よりも回復力が強いので、照射と照射の間で正常細胞はかなり回復します。そのため放射線治療は基本的に「分割照射」となっています。
また、
1)回数を分けて照射すると最初に効きにくい分裂周期だった癌細胞が効きやすい周期になったときに照射できたり、
2)腫瘍の外側にある酸素の多い細胞が前半の照射で死滅して、内側の酸素が少ない(放射線の効きにくい)細胞に血管が新生されて酸素が多くなることで放射線が効きやすくなる、といった効果もあります。
一方、「重粒子線治療」は、
- DNAの損傷比率が高い(修復されにくい=癌細胞を死滅させられる)
- 生物学的効果比だと、エックス線の1.2~3.5倍の効果
- エックス線の効きにくい低酸素細胞(癌細胞)に有効
- エックス線の効きにくい、細胞分裂の細胞の周期で「DNAの複製が行われる期間」の細胞にも有効
といった、放射線治療ではできない部分をカバーしています。
重粒子線治療を受けられる人
高度先進医療の対象とされている部位は下記のとおりです。
- 頭頚部腫瘍・頭骸底・眼球の腫瘍
- 肺がん(非小細胞がん)
- 肝がん
- 骨・軟部肉腫
- 前立腺がん部腫瘍
まだ臨床試験中の部位は下記のとおりです。
- 脳腫瘍
- 中枢神経腫瘍
- 食道がん
- 膵臓がん
- 子宮がん
- 直腸がん術後再発
※医用原子力技術研究振興財団より引用
以下のような人が受けられます。(病院によって他にも条件があります。下で紹介する各病院のサイトでご確認ください。)
- 転移がない
- 手術ができない状態の癌(膵臓がんの場合)
- 過去に放射線治療を受けていない
- 一つの部位に留まっている固形の癌
- 腫瘍の最大径が15cmを超えない
炭素イオンを照射してぶつけるわけなので、血液のがん(白血病)や様々な場所に転移してしまった癌には向いていません。
また、膵臓がんでは手術が第一選択肢になっていますので、手術ができる状態の方は重粒子線治療が受けられません。
そして、放射線の受容量が決まっているため、過去に放射線治療を受けているとそれ以上はもう放射線を浴びてはいけない状態になってしまうわけですね。
重粒子線治療のメリット・デメリット
まずメリットを挙げます。
- 放射線治療が効きにくい癌、放射線治療では難しい部位の癌にも適している
(癌病巣の深さやサイズ、形に合わせて照射をオーダーメイドできるため) - 副作用が少ない
(癌以外の細胞の破損が少ないため ※まったく無いわけではない) - 入院せず、通院で治療ができる
- 放射線治療に比べて、治療回数を減らせる
(放射線治療よりも一回の照射の効果=DNAを破壊する能力が高いため)
膵臓がんは多くの臓器に囲まれており、放射線治療は難しいとされていますが、この重粒子線治療は上記の理由から膵臓がんでも使うことができます。
ですが、消化管と癌病巣が近い・またはくっついている場合には、先に抗がん剤を投与して癌を縮小させてから治療を行います。(ジェムザールやTS-1が使われるようです)
▼抗がん剤についてはこちらの記事をどうぞ
次に、重粒子線治療のデメリットは以下です。
- 費用が高い
- 受けられる病院がかなり少ない(設備が大掛かりなため)
メリットだけを見るととても魅力的な治療法なのですが、デメリットが我々を現実に引き戻しますね。。
治療は通院ができるとはいえ、なるべく家の近くでしたいですし、そもそも経済的に問題です。
重粒子線治療ができる病院はどこにあるのか
厚生省のサイトや重粒子線治療ガイド(←こっちのほうがわかりやすい)に先進医療を実施している医療機関の一覧が載っています。(陽子線治療も載っています)
現在、重粒子線治療ができる病院は、以下の5箇所です。
- 千葉県 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所病院
- 兵庫県 兵庫県立粒子線医療センター
- 群馬県 国立大学法人群馬大学医学部附属病院
- 佐賀県 九州国際重粒子線がん治療センター
- 神奈川県 神奈川県立がんセンター
全国に5箇所というのは、とても少ないですね。
お母さんプロジェクト様
重粒子線治療情報を体系的に整理頂き、本当に有り難う御座いました。これだけの情報を収集されるのは大変だったかと思います。すべての膵がんの方に重粒子線が効果があるとは思いませんが、私の最初の主治医が言っていた言葉『林さんの癌はこれだけ大きいのに他の臓器への転移が見られない。もしかすると転移しずらい癌かもしれないので希望を捨てないでください』を思い出します。結果的には6年目を迎えても再発転移がなくオリゴ転移型のすい臓がんだったのかと思っています。すい臓がんの内約3割はオリゴ転移型のすい臓がんだと言うアメリカでの統計結果もありますので、その方たちには希望を与えることができるのではないかと思います。お忙しい中大変だとは思いますが、今後も情報の発信を期待しております。
林様
コメントを頂き、ありがとうございます。
確かに、転移がしづらいというオリゴ転移型のすい臓がんの方にとっては、林さんの体験と結果はとても希望の持てるものだと思います。
(本当に、情報を頂きありがとうございました!)
そのような方に「気づいてもらう」きっかけとなれば嬉しいですね。
※パンキャンの2014年の記事ですと、転移型について、日本でもアメリカの統計と類似した結果が出たと書かれていますね。⇒国内ニュース:膵臓がんのオリゴ転移型と広範囲転移型
時間の惜しい膵臓がん患者さんにとっては、「散らばった情報がまとまっていること」・「難しい内容が分かりやすく解説されていること」は大切なことだと感じています。これからもご期待に沿えるようがんばります!
素晴らしい記事掲載ありがとうございます。
私の妻も4月に膵臓がんと判明し抗ガン剤治療をしています。
セカンドオピニオンで重粒子線を受診しましたが十二指腸と腫瘍が隣接している為にリスクがあり抗ガン剤を2〜3クールして十二指腸と腫瘍が離れれば重粒子線が対応可能と診断を受けてます。それまで何とか抗ガン剤に耐えて転移がないことを祈るばかりです。
何か良い情報やアドバイスがあれば宜しくお願いします。
ダイナ様
コメントを頂きましてありがとうございます。
少しでもお役に立てていたら嬉しいです。
仰る通り、消化管と接していると重粒子線治療はできないようですね。
体験談にある林さんも最初は胃と癌が接していたようです。
(PDF内、体験談の次のページから数ページ、担当医による解説があります)
すでにご存知かもしれませんが、抗がん剤など日本の膵臓癌治療については、日本膵臓学会発行の診療ガイドライン(http://www.suizou.org/pdf/pancreatic_cancer_cpg-2013.pdf /2013が最新)というものがありますので、CQ 5-2(PDF内p.118~)などが参考になると思います。
重粒子線治療については、今のところ各重粒子線施設のサイトが一番情報が充実しています。
(特に千葉県のものが細かく載っています。⇒http://www.nirs.qst.go.jp/hospital/conform/conform_05f.shtml
参考資料のPDF後半も参考になると思います。⇒http://www.nirs.qst.go.jp/hospital/pdf/proceedings_j.pdf)
まずはストレスを溜めず、適度に体や患部を温めて免疫力が落ちないよう気を付けてくださいね。
(抗がん剤で免疫力が落ちがちですが、抗がん剤や重粒子線治療の効果を引き出すのも結局は体の治癒力である免疫力ですので・・・)
私たちも、抗がん剤が効くことを祈っております。