先日九重親方が膵臓がんで亡くなったというニュースと同時に、抗がん剤を拒否し、四次元ピンポイント照射という治療を行っていたという報道も耳に入ってきました。
鹿児島のUMSオンコロジークリニックというところでしかやっていない治療で、九重親方や樹木希林さんがわざわざ治療を受けに行っていたと聞きましたが、果たしてどういう治療なのでしょうか。
そしてそれは膵臓がんに対して有効な治療なのでしょうか。
調べたものをまとめます。
ピンポイント照射とは
放射線治療のうち、「体幹部定位放射線治療(SBRT)」のことをピンポイント照射と言います。
従来の放射線治療をおさらい
従来の放射線治療というと、皮膚に腫瘍の位置の印をつけて、さらに「画像誘導放射線治療(IGRT)」という治療前と治療時の腫瘍部分の画像をもとにズレを修正しながら、腫瘍とその周りの組織も含めて広い範囲で体の外2方向(水平・垂直)から放射線を照射するものでした。
従来のものは、正常な組織にも一定量を照射するため副作用や後遺症が出てしまうことが問題で、反対に副作用などのリスクを軽減するために照射量を減らすと腫瘍への効果が減るという問題がありました。
ピンポイント照射に進化
そこで登場したのが「体幹部定位放射線治療」です。
「体幹部定位放射線治療」とは、体を固定し、多方向から高精度かつ集中して照射する方法です。
多方向からといっても、たくさん当てると正常細胞が傷つくのでは?と思いますが、ひとつひとつの放射線量が少ないものを多く当てているため、正常細胞に影響が出にくいということだそうです。
従来の放射線治療が有効とされているのは、
定位放射線治療は、主に脳腫瘍、肺、肝臓、脊髄の腫瘍に治療実績があります。
上記4種類ということです。
「四次元」ピンポイント照射とは
「体幹部定位放射線治療」がさらに進化し、注目されているのが「四次元放射線治療」=「四次元ピンポイント照射」です。
呼吸によって腫瘍が動くため、その動きに追従する機能が加えられ、精度よく集中的に照射ができるようになっています。
吸う・吐くが切り替わる(呼吸による腫瘍の動きが最小限になる)タイミングで照射するのが「動体追跡照射」、腫瘍の動きを追尾して照射するのが「動体追尾照射」といいます。
九重親方や樹木希林さんがやっていたのは別物
実は、四次元ピンポイント照射の機器を開発したのは三菱重工で「Vero4DRT」という名前です。
以下にわかりやすい動画を発見しました。※スマホだと見られないかもしれません、すみません;
どういうものかわかる制作秘話はこちら(動くがんへの追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置を開発 | NEDO)に載っています。
日本、海外ではアメリカ・イタリア・ベルギー・韓国などに複数導入されています。(参照:導入施設紹介 | 三菱重工 ちょっとデータが古いようですが、導入されている施設が具体的に載っています。)
現在(2015年2月末時点)は、日本国内のみならず欧米やアジアなどの病院に延べ24台導入されており、肺がん・肝臓がん・膵臓がんの追尾照射に成功するなど多くの臨床実績を残しています。
出典:動くがんへの追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置を開発 | NEDO
ここで「あれ?」となりますよね。鹿児島のクリニックでのみ治療が受けられるのではなかったの?と。
調べてみたところ鹿児島のクリニックで使われている四次元ピンポイント照射の機器「スーパー・フォーカル・ユニット」は独自に院長である植松医師とチームが開発したものだそうで、他の医院では同じものは使われていません。そのため「唯一」ここで治療されていると紹介されていたようです。(参照:がん治療最前線(3)X線の四次元ピンポイント照射 | SECOND STAGE 呼吸に追従する機能についての解説はありませんが、機器の説明が載っています。)
実際は他のところでも四次元ピンポイント照射の治療を受けられます。(参照:導入施設紹介 | 三菱重工)
膵臓がんに対する実績
国内外で普及し始めているVero4DRTと、鹿児島UMSオンコロジークリニックのスーパー・フォーカル・ユニットとで膵臓がんに対する実績は違うのでしょうか?
膵臓がんに効果があるのか?
そもそも、従来の放射線治療は膵臓がんには向かないとされていました。(前述)それは、肺と同じように膵臓も刻々と位置が変化することが原因とのこと。
四次元ピンポイント照射の場合は動きに対応できるようになったため、ついに放射線治療も膵臓がんに対して効果が出るようになったようです。
Vero4DRTで見つかった膵臓がんに対する治療例
Vero4DRTによる治療例:膵臓がんに世界初の動体追尾IMRTを開始 | 京都大学医学部附属病院 放射線治療科
先端医療だからか(探し切れていないのもありますが)治療例や実績はまだ論文の段階で、ネット上で見つけられませんでした。ですが、ここでは膵臓がんでも対応可能として記載されています。
スーパー・フォーカル・ユニットでの膵臓がんに対する治療例
一方、鹿児島UMSオンコロジークリニックのサイトを読んでみたのですが、詳しい治療方法や実績というのはページとして存在せず、コラムや書籍を読んでね、という形になっています。ちょっと不親切ですね。
膵臓がんに関する記述を探しましたが、残念ながら見つかりませんでした。このクリニックでは、乳がん・肺がんをメインで対応しているようです。
放射線治療はステージⅣの進行したがんには適さなかったり、転移したがんには対応できないという短所がありますので、進行した状態で見つかることの多い膵臓がんの治療実績はなかなか難しいのかもしれません。(実際コラムでもステージの進んだ患者さんで治療が上手くいかなかった人は大勢いますという記述もあります)
この点に関しては、Vero4DRTも同様でしょう。
九重親方はなぜ抗がん剤をしなかったのか、それには理由があった
話が脱線しますが、鹿児島UMSオンコロジークリニックでは抗がん剤を推奨していないようです。(治療ガイドラインに従わない、標準治療をしないという方針のようです)
これには理由があるようで、抗がん剤をやめることで免疫力をアップさせることが目的なようです。
抗がん剤をやめたうえで、放射線治療をして壊れた癌細胞が血中などに流れてワクチン効果が表れる(免疫機能が壊れた癌細胞に対して抗体を作る)効果を期待しているとのこと。
ちなみにこの2つによって効果が表れるのは数か月~一年としているようです。
通常の放射線治療も、効果が表れるのは数か月~という場合もありますので、期間は問題ではないと思いますが(時間のない膵臓がん患者さんには長すぎる程の時間ですが・・・)抗がん剤の効く効かないは人それぞれ(効く患者さんは全体の約3~4%という話)で完全に否定するのも違う気がすると個人的には思います。
ほとんどの人が効かないのに効かない人が無闇に使い続けるのも体力を削るだけでよくないのは明白ですが、効くはずの人が最初から抗がん剤をやらないのはもったいないとも思うわけです。
ここの考え方は本当に人それぞれです。
さいごに
膵臓がんには向いていないと思われていた放射線治療ですが、きちんと進歩しているのがわかりました。
現在はVero4DRTは保険適用となり3分の1の費用(具体的には各病院へお問い合わせください)、鹿児島のクリニックだと自由診療に当たり200~500万円の費用とやはり高額にはなってしまいますが、今後膵臓がんの治療法として皆が選べる選択肢となればと思います。
参考サイト
東京放射線クリニック(がん研有明病院連携医療施設) SBRT(体幹部定位放射線治療)
NEDO実用化ドキュメント 動くがんへの追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置を開発
SECOND STAGE がん治療最前線(3) X線の四次元ピンポイント照射
フォーカル・ユニットは、植松医師が防衛医大にいた1993年頃、東芝の協力によって世界ではじめて開発したものです。今ではそれが世界中に普及しています。
そして4次元ピンポイント照射も植松医師が2006年に最初に稼働させています。
IMRTやVero4DRTとの違いは、豊富な治療実績とコンピュータ任せにしない点でしょうか。陽子線や重粒子線治療が人気ですが、設備が治してくれるわけではないのです。放射線治療に対する知識と経験が必要ですが、これらのたくさんの先進医療設備が必要とする人材が育っているのでしょうか。
その意味で植松医師には長い経験の蓄積があります。
ただ、膵臓がんの成績は良くありません。私も転移の疑いがあったときに植松医師のセカンドオピニオンを受けましたが、成績は良くないからと、まずPET検査で再発の有無をもう一度確認してからにしたら、と助言されました。
営業優先ではなく、患者思いの先生ですね。
ただ、九重親方の選択は、抗がん剤の副作用を避けて名古屋場所を務めるとの目的だとしたら、QOLを重視した賢明な選択だったと思っています。
親方は、体重が減少して100kgを切ったと報じられていましたが、抗がん剤は体表面積×基準量で投与されます。
体表面積は身長と体重から計算されるのですが、九重親方の身長は183cm、体重を100kgとすると、体表面積は2.3平方メートル、170cm、58kgの私のそれは1.7平方メートルですから、私の1.35倍の抗がん剤を投与されたはずです。
これではものすごい副作用で、返って寿命を縮めることにもなりかねません。
長く生きることだけががん治療の目的ではありませんから。
キノシタ様
コメント、そして補足情報ありがとうございます。
フォーカル・ユニットについては今回は割愛させていただきました。(放射線治療について改めて記事を書く予定です)
キノシタさんの仰る通り、機械が先へ進みすぎていて、医師の知識や経験が追い付いていない現状は問題の一つだと思います。最近でもデータを蓄えた人工知能が希少がんと診断し助かった方もおられるように、なかなか人が豊富な知識や経験を持つというのは難しいものですね。その点、放射線治療の先駆者である植松医師は、こちら(http://www.nikkeibp.co.jp/style/secondstage/kenkou/chie100_071203_3.html)にも書かれているとおり豊富な知識をもって、より適切な診断をされるでしょう。
実際にお会いした感想もお聞きできて参考になります!よい先生ですね。
抗がん剤を1.35倍投与するというのは体表面積が大きいので量は増えますよね。九重親方の選択については私も間違っていなかったと思います。ただ何を選ぶかについては、本人が納得できるものであれば周りの人は是非を問わず見守るのが一番ですね。
母も抗がん剤はほとんどやりませんでした。やはり副作用などに悩まず、自分の意識をはっきりとさせ、濃く楽しい時間を過ごしたいと考えたからです。生きる意味は長さだけではない、これは本当に大切な考え方だと思います。